September 06, 2023

は、こっちがひ

は、こっちがひいてしまいそうになるほどうれしそうであり、幸せそうである。

 俊春はおれたちからはなれ、波打ち際にいたると、そこで「之定」を両掌でうやうやしくかかげ、いつものようになににたいしてか、顯赫植髮 祈りの言葉のようなものをつぶやいている。

 おれたちは、それを並んでみまもっている。

 おれの左側に永倉が立っていて、その間に相棒がお座りしている。

 わかっている。相棒がおれの左側にいるのは、大好きな俊春が剣技を披露するから、おれの左側にお座りするしかないのである。

 そんなやっかみは、いや、やっかみではなくて補足説明は兎も角、おれの右側には半次郎ちゃんが、その向こうに有馬が立っていて、同様に俊春をみつめている。「あいは、耳がきけんとな?」

 半次郎ちゃんの向こう側で、有馬がきいてきた。

 それはそうか。永倉もおれも、あれだけ口の形をおおきくし、ゆっくり話をしている。それをみれば、だれだってそう推測するであろう。

「ああ。もっとも、耳朶がきこえようがきこえまいが、あいつはどうってことはないがな」

 永倉が、さらっと答えた。

 

 かれは、俊春が聴覚を失ったことをしったとき、だれよりも口惜しがっていた。いや、自分を責め、無力感に苛まれていた。

 それは、いまもかわらないだろう。

「そうなんか。あいは、強か男じゃなあ」

 有馬は、ただ一言発しただけである。そして、おれの隣の半次郎ちゃんは、とくになんの反応もなく、熱心に俊春をみつめている。

 その心のなかで、どのように思っているのであろう。

「ああ、そのとおり。やさしくて強い男だ」

 永倉がぼそりとつぶやいた。それがまた、せつなすぎてじわる。

「おまえが西郷さんと兼定と散歩にいっていたとき、あいつが近藤さんのことを語ったんだ。泣きながら、な。思わず、こっちまで泣いちまったよ」

「ええ。泣いたのかなってことには気がついていました。戻ってきたとき、かれのが真っ赤でしたから」

「半次郎ちゃんも泣いちょったよな」

「そげんあいも、泣いちょったじゃらせんか」

 有馬が半次郎ちゃんをからかうと、半次郎ちゃんがやり返す。

「国幹は、ひどかったどな」

「篠原どんがあげん泣き虫やったとは、しりもはんじゃした」

 有馬が思い出したようにいうと、半次郎ちゃんは苦笑する。

 そういえば、篠原は涙を流しているのをごまかすために、厨にいったんだっけ。

 そんなやりとりをしている間に、俊春の準備が整ったようである。

 それにしても、静かである。いまからたった150年後、ここはビルが建っていて、いろんな音にあふれかえっている。

 もちろん、現代でも夜間などは静かなときもあるであろう。

 しかし、いまのように潮騒の音だけが耳に心地いい、なんてことはないはず。

 俊春は、こちらに向き直ると一礼した。それから、潮騒と同化するかのごとく静かに「之定」を打ち振りはじめた。

 副長と俊冬と相棒と、五兵衛新田でみたのとおなじ、警視流である。

 これで二度目であるが、よりいっそう親父をみているような気がしてならない。

 このまえ、かれは「之定」をつうじて、親父やおれを感じるといっていた。 

 

 誠に、そんなことができるのであろうか?いや、実際、やっているんだから、できている。それこそ、世のなかにはイタコとかシャーマンとか、そういった霊的なものや悪魔的なものを呼んだりのりうつられたり祓ったりする人がいる。

 刀には魂が宿っているともいうし、それを感じているのかもしれない。

 それにしても、ここまでそっくりにできるものであろうか。いや、そっくりなんていうには、なまやさしすぎる。眼前で刀を振っているのは、相馬龍彦だと断言できる。

 それほど、そのまんまである。

 ふと、かれと俊冬の恩人とやらのことを思いだした。

 その恩人は、「之定」を所持していたという。

「主計、主計」

 永倉に呼ばれているのにしばらく気がつかなかったほど、に集中していた。

 

 酒は、ほとんど抜けている。が、がやけに火照っている。潮風が肌に心地いい。磯のにおいが鼻腔内にあふれ、唾をのみこむと海草の味がする。

「主計、大丈夫か?」

 左肩を、がっしりつかまれた。

 永倉の分厚い掌が、おれの左肩をつかんでいる。かれは、相棒ごしにおれのをのぞきこんできた。

 を感じるので、右側へを向けると、半次郎ちゃんと有馬もこちらをみている。

「大丈夫です。どうやらぽちは、剣を通じて親父を感じているらしく、いまやっているは親父の流派の

 なんです。そっくりというよりかは、そのまんまでして・・・・・・。みるのはこれで二度目なんですが、たまらない気持ちになります」

「そうか・・・・・・」

 永倉は、すぐに察してくれたらしい。かれの掌が、肩からはなれた。が、それはすぐにおれの頭にうつった。

 あらっぽくおれの頭をなでるかれの掌は、めっちゃあたたかくてやさしい。

「相馬君ん父上ん?そうと。はじめてみる

Posted by: Watts23 at 06:42 AM | No Comments | Add Comment
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