あとどれくらい、ここにいようか。どうせなら、泥酔するまで飲んで、既読スルーされている事実を忘れてしまいたい。でも、いくら飲んでも酔えない体質の自分が悲しい。「はい、ビール。今日は飲むペース早いけど、大丈夫？」「大丈夫。むしろ、酔いたいの」證券行開戶更に二杯のビールを追加したところで、突然スマホの音が店内に鳴り響いた。慌てて画面を確認すると、メッセージの返信が届いたわけではなく、久我さんからの電話の着信だった。私はすぐに電話に出た。「久我さん？」「蘭、今どこにいる？家？」久我さんは、まるで昔から呼んでいたかのように私の名前を口にした。名前を呼ばれただけで、いちいち動揺してしまう自分が嫌だ。私は出来るだけ動揺を悟られないように、自然に振る舞った。「今は、いつもの店に来てるけど。一人でビール飲んでた」「わかった。今すぐ行くから、まだ帰らないで」そして、電話は切れた。このパターン、今まで何度あっただろう。本当に強引な人だ。それでも、少しも嫌な気持ちにならないのは、惚れた弱みなのだろうか。「久我くん、今から来るのかい？」「今すぐ行くから、帰らないでって」「へぇ。良かったね」「……うん。嬉しいかも」いつもの私なら、『別に』とか素直じゃない返答をしていただろう。でも、少し酔い始めたせいなのか、やけに素直になれる自分がいた。久我さんが店に現れたのは、電話を切ってから十分後のことだった。「え……早くない？まだ十分くらいしか経ってないよ」「走ってきたからね。すみません、ビールお願いします」爽やかにビールを注文しているけれど、走ってきたからか額に汗をかいている。外は雪が積もっていて走りにくいはずなのに、本当に急いで会いに来てくれたというその気持ちが嬉しかった。「返信出来なくてごめん。今日は朝からずっと打ち合わせや上層部へのプレゼンがあって、時間がなかったんだ」「別にいいの。忙しいってわかってて、送ったんだから」久我さんにこうしてここで会えたからこそ、余裕のある言葉を口に出来る。着信がなければ、今頃私は相当やさぐれていただろう。彼の行動一つで、自分の思考や行動も変わっていく。見違えるほどに、変わっていくのだ。店長から久我さんにビールが渡され、二人で乾杯する。やっぱり私は、この時間が好きだ。「で、イブの夜のことだけど。もちろん、会えるよ。むしろ、僕の方から誘うつもりだった。君から誘われるとは思わなかったよ」「……だったら、久我さんから誘われるまで待てば良かった」少しひねくれた言葉を返すと、久我さんは嬉しそうに微笑んだ。「何その反応。可愛いね」「ちょ、何言ってんのよ」店長に思いっきり話を聞かれている。私たちの話には入ってこないようにしているけれど、絶対に丸聞こえなことは間違いない。以前タクシーに乗っていたときもそうだったけれど、久我さんには恥じらいという感情が欠落しているのだろうか。「誘ってくれて嬉しかったけど、少し不満かな」「不満？」「僕は、イブまで待てないんだけど」「え……」久我さんの顔から、笑みが消えた。そして、まるで獲物を狙うような鋭い目に変わった。

「イブの夜に会おうって、僕を誘ってくれた。それはつまり、君も僕と同じ気持ちってことだろ？」見つめられるだけで、全身が燃えるように熱くなる。私はもう、この人なしでは生きられないかもしれない。そう悟ってしまった。「違う？」「……違わない」このときだけ、恥は捨てる。いつもどんなときでも、自分の気持ちを正直に伝えてくれた彼には、もう誤魔化せない。「私、久我さんが好き。だから、あなたと恋をしてみたい。……私はひねくれ者で、重くて、面倒くさい女だけど、あなたを想う気持ちは誰にも負けない自信があるの」私の前では腹黒い一面を見せる久我さんが好き。何を考えているのか読めなさそうで、意外と顔に出てしまうところも好き。何事にも一貫してぶれずに突き進むところも好き。知れば知るほど、好きだと思う部分が増えていく。

Posted by: Watts23 at 04:26 PM | Comments (4) | Add Comment
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