December 11, 2023
思ったよりも伊東の動きは俊敏であり、その上男であるから力も強い。流石は柔軟に変化し、不動の強さを誇ると謳われる北辰一刀流の免許皆伝者といったところだ。
桜司郎は飛び退くが、それを許さないと言わんばかりに伊東は再び間合いを詰めてくる。一合、二合と斬り結ぶも、互いに譲らなかった。生髮藥
呼吸をする機会すら与えぬ斬撃である。ひとたび隙を見せれば、それは死を意味した。
時が経つにつれて寒さは増し、手の感覚は失われていく。だが、それすら分からぬ程の集中力だった。
「───ッ!」
踵に重心をかけた瞬間、桜司郎は泥濘に足を取られては後ろへ倒れ込む。
伊東はすかさず刃を突き立てようとしたが、間一髪のところで横へ転がり、その反動で起き上がった。
しかし拍子に乱れた呼吸により、凍るような空気が肺を満たし、きりきりと痛む。わざと息を止めていたものだから、急に冷気が入ることで苦しさが増した。
「ゲホッ、ケホッ、」
生理的な涙が薄らと浮かび、咳が出る。一瞬だけ顔を伏せてしまい、直ぐに視線を戻す。しかし、目の前には伊東の刀の切っ先があった。
「…………可哀想に。どうやら、天はに味方をしたようですね」
憐れむような口振りとは裏腹に、これ以上の反撃を許さないと言わんばかりに伊東は桜司郎の刀を薙ぎ払う。あっ、と思う暇すら与えられず、手のひらの重みはただの冷気へと変わった。
初めて刀を弾かれた衝撃と、これで終わるのかという僅かな絶望で、桜司郎は目を見開く。
──刀が無い。やられた。もう駄目だ、負けるのか。坂本さんの仇も取れなかった。隊命も果たせなかった。
まるで初めて剣を持った時のように、立ち尽くす。抵抗をすることすら忘れ、琥珀色の目は空を仰いだ。
散りゆく桜のように舞う雪がやけに美しく見える。
──こんな事なら、さいごに、沖田先生に会いたかった。
きっと己の死は無駄にはならない。懐にしっかりと入れた文を、土方ならば活用してくれる。
そう思いながら、桜司郎は迫り来る刀の気配に目を瞑った─── その刹那のことだった。
「──伏せなさいッ!」
聞き慣れた涼やかな声が聞こえ、反射的に桜司郎は身を屈める。同時に一陣の風が頭上を突き抜けた。
「ぐは……ッ!」
肉を割くような鈍い音と共に、苦しげな声が前方から聞こえる。
やけに時の流れが遅く見えた。血飛沫が闇に舞い、雪の白と合わさって幻想的な雰囲気を作る。
迷いのない真っ直ぐな突き、一直線に首と肩を捉える正確さ。
──この剣筋は…………
「おきた、せんせ…………」
無意識のうちにその名を口にした。会いたいという願いが天に通じたのか。それとも最後の夢を見ているのか。
「…………は、はは……。そう、か。そういう、ことでしたか…………。宴も、すべて、罠…………だったと……。こ、の…………奸賊ばらッ……!」
伊東は腱を断たれた左腕をだらりと垂らし、頸動脈から吹き出る血を右手で押さえながら、立って居られないと言わんばかりに背後の寺の門派石へ凭れるように座った。
沖田は桜司郎を庇うように前へ立つと、刀を構えながら伊東を見下ろす。
「…………伊東さん、腹を召しますか」
その静かな問い掛けに、力なく首を傾けた。失血と冬の寒さが彼の体力をみるみる奪っていく。頷く力すら残されていなかった。
「…………王事に尽くさんがため……投げ出した命なれど、ここで……命運尽きたるは、残念だ…………」
Posted by: Watts23 at
10:25 AM
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